水の中の「私」:ホンソメワケベラが暴いた動物の自己認識の謎

ジャーナル
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  1. 第1章 序論:「私」という感覚を持つ魚
  2. 第2章 決定的なテスト:静止画の認識(2023年 PNAS 研究)
    1. 実験の前提条件
    2. 実験1:合成写真テスト(「顔」中心の認識モデルの検証)
      1. 方法:
      2. 行動観察:
      3. 結果:
      4. 分析:
    3. 実験2:写真マークテスト(認知的転移の証明)
      1. 方法:
      2. 対照群(コントロール):
      3. 結果:
      4. 詳細な観察記録:
  3. 第3章 認知メカニズム:なぜ「写真」は「鏡」よりも重要なのか
    1. 自己認識における二つの対立モデル
      1. 1. 運動感覚的視覚マッチング (Kinesthetic Visual Matching) -(単純モデル)
      2. 2. 自己のメンタルイメージ (Mental Image of the Self) -(高度モデル)
    2. 「写真」が突きつけた決定打
  4. 第4章 類稀なる被験者:クリーナー・ラスの社会的知性
    1. 複雑怪奇な社会生活
      1. 1. 個体認識と記憶力:
      2. 2. 評判管理(第三者の視線の認識):
      3. 3. 戦略的行動(マキャベリ的知性):
    2. 社会的知性と自己認識の進化
  5. 第5章 前例と激論:2019年-2022年の鏡像論争
    1. 2019年:火花(PLoS Biology 研究)
    2. 科学界の激論(論争)
      1. 批判1:「寄生虫本能」説
      2. 批判2:「空間学習」説
      3. 批判3:「曖昧な行動」説
    3. 2022年:完璧な反証(PLoS Biology 再研究)
      1. 批判1(寄生虫本能)への反証:
      2. 批判2(空間学習)への反証:
  6. 第6章 「自己」の進化:新皮質を持たない脳
    1. MSRの「エリートクラブ」
    2. 打ち砕かれた「新皮質」仮説
    3. 「収斂進化」という答え
  7. 第7章 結論的分析:自己認識する魚が意味するもの
    1. 科学的成果の総括
    2. 偏見(バイアス)という名の懐疑論
    3. 倫理的・福祉的な責務:「魚を見る目」を変えるとき
      1. 1. 家庭での飼育:
      2. 2. 漁業と養殖:

第1章 序論:「私」という感覚を持つ魚

「魚の記憶力は3秒」— この言葉は、科学的根拠を欠いた俗説であるにもかかわらず、現代社会に広く浸透しています。この誤解は、魚類に対する我々の認識を著しく歪め、彼らの福祉に対する配慮を欠いた扱いを正当化する一因となってきました。例えば、「どうせすぐに忘れるのだから」という論理で、魚が退屈しないという誤った前提のもと、狭く刺激のないガラス製の「金魚鉢」での飼育が許容されてきたのです。

しかし、科学的な現実は、この俗説とは正反対です。過去数十年の研究により、魚類は驚くほど高度な学習能力と長期記憶を持つことが繰り返し証明されてきました。彼らは複雑な迷路を解き、特定の人間を認識し、一部の種は道具さえ使用します。

本報告書が主題とするのは、この「魚を見る目」を根本から覆す、記憶力を遥かに超えた認知能力の発見です。大阪公立大学(旧大阪市立大学)の幸田正典教授を中心とする研究チームは、魚類、具体的にはホンソメワケベラ (Labroides dimidiatus) が、鏡に映る自分を認識するだけでなく、静止した「写真」に写った自らの顔さえも認識できることを明らかにしました。

この2023年に発表された研究は、動物認知学の分野に衝撃を与えました。なぜなら、写真という二次元の静止画に基づく自己認識は、単なる刺激への反応ではなく、「自分自身の姿」に関する抽象的な内的イメージ(メンタルイメージ)の存在を示唆するからです。研究者らは、この発見が魚類にも「内的な自己感覚」、さらには「私的自己意識」が存在する可能性を初めて実証するものだとしています。

この発見は、単一の華々しい成果ではありません。それは、2019年に発表された最初の鏡像自己認識(MSR)の報告から始まった、長年にわたる科学的論争の到達点です。当初の研究は、「魚が自己認識を持つはずがない」という科学界の根強い懐疑論に直面しました。霊長類以外の動物、ましてや魚類が、類人猿やイルカといった「知性エリート」の特権とされてきた認知の壁を越えることは、既存のパラダイムを脅かすものだったのです。

本報告書は、この2023年の画期的な写真認識の実験詳細を分析するとともに、そこに至るまでの懐疑論との対峙、そしてこの小さな魚が持つ驚くべき社会的知性を解き明かし、「動物のこころ」とは何か、そして我々ヒトが持つ動物観の根本的な見直しを迫る、この一連の研究の全貌を詳述します。

第2章 決定的なテスト:静止画の認識(2023年 PNAS 研究)

2023年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された論文は、魚類の自己認識に関する議論に決定的な証拠を提示しました。この研究の核心は、被験体であるホンソメワケベラが、動的なフィードバック(鏡)なしに、静的な視覚情報(写真)だけで「自己」を認識できるかを検証することにありました。

実験の前提条件

この実験が画期的なのは、その対象にあります。実験に供された全てのホンソメワケベラは、事前に鏡を用いた「マークテスト」に合格し、鏡像自己認識(MSR)能力を持つことが確認された個体(鏡経験個体)のみでした。これは、研究チームが「鏡とは何か」をすでに理解している魚を対象に、さらに高度な認知能力を試したことを意味します。

実験1:合成写真テスト(「顔」中心の認識モデルの検証)

動物の個体認識において、「顔」は最も重要な情報源の一つです。研究チームはまず、ホンソメワケベラが自己と他者を認識する際に、ヒトと同様に「顔」の情報を重視しているかを検証しました。

方法:

MSR能力を持つ魚に対し、以下の4種類の静止画を提示しました。

  1. 自己の写真:実験個体自身の写真。
  2. 他者の写真:未知の(見知らぬ)ホンソメワケベラの写真。
  3. 合成写真1(自己の顔):実験個体の顔と、他者の体を合成した写真。
  4. 合成写真2(他者の顔):他者の顔と、実験個体の体を合成した写真。

行動観察:

ホンソメワケベラは強い縄張り意識を持ち、自分の縄張りに侵入してきた未知の個体に対しては激しい攻撃行動を示します。

結果:

結果は驚くほど明確でした。魚は、写真2(完全な他者)および写真4(他者の顔/自己の体)に対して、激しい攻撃行動を示しました。一方で、写真1(完全な自己)および写真3(自己の顔/他者の体)に対しては、攻撃行動をほとんど見せませんでした。

分析:

この結果が示すのは、ホンソメワケベラの攻撃の有無を決定づけた要因が、「体」ではなく、まさしく「顔」であったという事実です。彼らは、ヒトと同じように「顔中心」の認識モデルを用いて、自己と他者を瞬時に判断していたのです。これは、魚類の社会認知がこれまで想像されていたよりも遥かに洗練されていることを示す、第一の証拠となりました。

実験2:写真マークテスト(認知的転移の証明)

次に、研究チームは動物認知学における最も難解な問いの一つ、すなわち「抽象的な表象(写真)と自己の身体を関連付けられるか」を検証しました。

方法:

研究チームは、MSR能力を持つ魚8個体に対し、今度はその魚自身の写真に、喉の部分に「寄生虫のような印(マーク)」を付けたものを見せました。

対照群(コントロール):

誤った反応でないことを確認するため、以下の対照実験も行われました。

  • マークのない自己の写真を見せる。
  • マークのある見知った他個体の写真を見せる。

結果:

「マーク付きの自己写真」を見せられた魚は、衝撃的な行動を示しました。8個体中6個体が、写真を見た直後、水槽の底砂や岩に自分自身の喉をこすりつける行動(擦過行動)を示したのです。これは、鏡のマークテストで観察された「マークを除去しようとする行動」と同一でした。

対照的に、コントロール群(マークのない自己写真、マークのある他魚の写真)では、この擦過行動は全く観察されませんでした。

詳細な観察記録:

研究チームは、この行動がいかに即時的で意図的であったかを記録しています。ある個体は、マーク付きの自己写真を見てから30秒の間に、写真を確認しては喉を擦る、という行動を10回も繰り返しました。これは、写真上の「異常」を自己の身体の「異常」として即座に認識し、それを「修正」しようとする明確な意図を持った行動であることを示しています。

この一連の実験、特に写真マークテストの成功は、魚類が「表象から身体への認知的転移」という、極めて高度な認知プロセスを実行できることを証明しました。魚は、(1) 静止した二次元のイメージ(写真)を見て、(2) それを自己の内的イメージと照合し、(3) そのイメージ上の「異常」を検出し、(4) その抽象的な視覚情報を、物理的な感覚(痒みや痛み)がないにもかかわらず、自己の身体の問題として転移させ、(5) 自身の身体に対して正しい運動(喉を擦る)を実行したのです。この推論の連鎖は、単純な刺激反応とは全く異なる、高度な知的活動の証左に他なりません。

第3章 認知メカニズム:なぜ「写真」は「鏡」よりも重要なのか

ホンソメワケベラが写真で自己を認識したという事実は、単に「魚も賢い」という話に留まらず、動物の自己認識研究における数十年来の根本的な議論に終止符を打つ可能性を秘めています。その議論とは、「動物はどのようにして鏡像を自己と認識しているのか?」というメカニズムの問題です。

自己認識における二つの対立モデル

これまで、動物が鏡のマークテストに合格するメカニズムとして、主に二つの対立する仮説が提唱されてきました。

1. 運動感覚的視覚マッチング (Kinesthetic Visual Matching) -(単純モデル)

これは、動物が「自己意識」や「自分の姿のイメージ」を持っていなくても、マークテストに合格できるとする懐疑的なモデルです。このモデルによれば、動物は鏡の前で体を動かすうちに、「自分が右に動けば、鏡の中の像も右に動く」という動きの連動性を学習します。そして、鏡に映ったマーク(異常)を見たとき、それが自分の身体の動きと連動していることから、「自分の身体のどこか」に異常があると推測し、マークを触ろうとする、というものです。このモデルでは、動物は「私」という概念を持つ必要がなく、高度な学習能力さえあれば合格できてしまいます。

2. 自己のメンタルイメージ (Mental Image of the Self) -(高度モデル)

これは、ヒトが鏡を見る時と同じプロセスを想定したモデルです。動物は、自分自身の姿形に関する抽象的で内的な「私とはこういう姿だ」という概念(メンタルイメージ)を脳内に保持しています。そして鏡を見たとき、その像が自分の動きと連動するかどうかに関わらず、まず「自分のメンタルイメージ」と照合します。その結果、「あ、これは私だ」と認識する、というものです。このモデルは、「私的自己意識」と呼ばれる、より高次の認知能力を前提としています。

「写真」が突きつけた決定打

これまでの鏡像研究では、類人猿でさえ、上記1と2のどちらのモデルで合格したのかを区別することは非常に困難でした。なぜなら、鏡は常に対象の動きをフィードバックしてしまうため、「運動感覚的マッチング」の可能性を原理的に排除できなかったからです。

しかし、幸田教授らの2023年の研究は、この難問を「写真」という道具立てで鮮やかに解決しました。

静止した写真は、動きのフィードバック(運動感覚)を一切提供しません。

したがって、魚が「マークの付いた自己の写真」を見て自分の喉を擦ったとき、彼らが使ったメカニズムは「運動感覚的マッチング」(単純モデル)ではありえないことが証明されたのです。

唯一残された可能性は、「自己のメンタルイメージ」(高度モデル)です。ホンソメワケベラは、動きのない二次元の写真を見て、それを脳内にある「自分の顔のイメージ」と照合し、「これは私だ」と認識し、さらにそこに付着した「異常(マーク)」を認識して、自分の身体を擦るという行動に移ったのです。

この研究は、ホンソメワケベラの自己認識の基盤となるメカニズムが、ヒトと同じ「自己の顔のメンタルイメージ」であることを世界で初めて実証しました。そしてこのことは、彼らが2019年に初めて鏡のマークテストに合格した際も、恐らくは単純な「動きの学習」ではなく、この高度な「メンタルイメージ」を用いて鏡像を認識していた可能性が極めて高いことを、遡って裏付けるものとなりました。

第4章 類稀なる被験者:クリーナー・ラスの社会的知性

なぜ、他の多くの魚類ではなく、ホンソメワケベラ(クリーナー・ラス)がこれほど高度な認知能力を発達させたのでしょうか。その答えは、彼らが生きるサンゴ礁という舞台で繰り広げられる、極めて知的に要求の高い「社会生活」にあります。彼らの知性は、そのユニークな生態的地位(ニッチ)が要求する課題を解決するために研ぎ澄まされてきたのです。

複雑怪奇な社会生活

ホンソメワケベラは、サンゴ礁に「クリーニング・ステーション」と呼ばれる縄張りを構え、そこを訪れる多種多様な魚(「クライアント」と呼ばれる)の体表に付着した寄生虫や古い皮膚組織を食べることで生計を立てています。この共生関係はサンゴ礁の生態系維持に不可欠です。

しかし、この関係は単なる自動的なものではありません。ホンソメワケベラは、クライアントの寄生虫(好みではない餌)よりも、クライアントの体を保護している栄養豊富な粘液(大好物)を「ごまかして」食べる(チートする)誘惑に常にかられています。

この「チート」こそが、彼らの知性を異常なまでに発達させた原動力でした。

1. 個体認識と記憶力:

彼らは、サメやハタのような大型の捕食者を含む、数十種類もの「クライアント」と日常的に接します。研究によれば、彼らは「常連客」を個別に認識し、見知らぬクライアントよりも常連客を優先的にもてなすことが示されています。

2. 評判管理(第三者の視線の認識):

最も驚くべきは、彼らが「評判」を管理する能力です。クリーニング・ステーションでは、しばしば他のクライアントが「順番待ち」をしています。ホンソメワケベラは、この「順番待ちの魚(=第三者の目)」が存在することを認識しています。もし彼らがチートを行い、クライアントが怒って逃げ去るのを「順番待ちの魚」に目撃されると、その「順番待ちの魚」はクリーニングを受けずに立ち去ってしまうのです。

3. 戦略的行動(マキャベリ的知性):

ホンソメワケベラはこの力学を理解しています。彼らは、「第三者の目」に監視されている間はチートを控え、誠実なクリーニング・サービスを提供することで、自らの「評判」を維持しようとします。怒ったクライアントには、ヒレでマッサージをするような行動をとり、機嫌を直してもらおうとさえします。

社会的知性と自己認識の進化

ホンソメワケベラの世界は、記憶、個体認識、他者の視線の認識、戦略的な欺瞞と協力が渦巻く、高度に「マキャベリ的」な社会です。これは、霊長類やヒトの高度な知性が進化してきた背景にある「社会的知性仮説」と酷似しています。

このような複雑な社会で生き残るためには、「他者」が何を考え、どう行動するかを予測する必要があります。そして、「他者」の存在や視線を認識するためには、その前提として「他者」とは異なる「自己」という概念が不可欠です。

「他者が私を見ている」という認識は、「私」という概念なしには成立し得ません。ホンソメワケベラの日常は、「自己」と「他者」を明確に区別し、両者の関係性を常に計算し続けることを要求します。2023年の研究で示された強固な「自己の顔のメンタルイメージ」は、この知的に過酷な社会的要求に適応した結果、進化した認知ツールであると考えられます。

第5章 前例と激論:2019年-2022年の鏡像論争

2023年の写真認識の研究は、決して「降って湧いた」ものではありません。それは、2019年に始まった科学界の大きな論争に終止符を打つものでした。このセクションでは、その前哨戦となった、ホンソメワケベラの鏡像自己認識(MSR)をめぐる一連の発見と、それに続いた激しい科学的懐疑論を時系列で解説します。

表1:ホンソメワケベラ自己認識研究の主要実験(2019年~2023年)
研究 & 発表 主要な実験 観察された行動 認知的な示唆
2019年
PLoS Biology
標準ミラーマークテスト 喉に茶色のマークを付けられた魚が、鏡でそれを見て、水槽の底で自分の喉を擦った。 魚が鏡像を自己の身体と関連付け、古典的なMSRテストに合格。魚類初の事例。
2022年
PLoS Biology
カラーマークテスト(対照) 魚に生態学的に無関係な色(青、緑)のマークを付け、鏡を見せた。 魚はこれらのマークを無視した。擦過行動は見られなかった。
2022年
PLoS Biology
マーク付き他個体テスト(対照) 魚は、マークが付けられた別の個体(仲間)を見た。 テスト個体は自分の喉を擦らなかった。
2022年
PLoS Biology
鏡の移動テスト(対照) 鏡に慣れた(攻撃しなくなった)魚の、鏡を別の場所に移動させた。 魚は移動した鏡に対し、攻撃を再開しなかった。
2023年
PNAS
合成写真テスト 魚に以下の写真を見せた:1) 自己, 2) 他者, 3) 自己の顔/他者の体, 4) 他者の顔/自己の体。 魚は(2)と(4)(他者の顔)を攻撃。(1)と(3)(自己の顔)は無視。
2023年
PNAS
写真マークテスト 魚に、喉にマークが付けられた自分自身の静止画を見せた。 魚は、対応する自分の喉を擦った。

2019年:火花(PLoS Biology 研究)

2019年、幸田教授らのチームは、ホンソメワケベラが古典的なミラーマークテストに合格したことを報告し、科学界を驚かせました。

彼らは、チンパンジーなどで用いられるMSRテストの標準的な手続きを踏襲しました。

  1. 段階1(攻撃): 魚は最初、鏡像をライバルと誤認し、激しく攻撃しました。
  2. 段階2(探索): 次第に攻撃は減少し、鏡の前で逆さまに泳ぐなど、通常ではありえない奇妙な行動(随伴性チェック)を見せるようになりました。
  3. 段階3(マークテスト): 魚の喉に、本人には見えない位置に茶色のマーク(皮下注入)を付けました。

衝撃的な結果: 魚は鏡に映った自分の喉のマークを見ると、水槽の底砂に行き、自分自身の喉をこすりつけてマークを取ろうとしました。これは、鏡像が他者ではなく「自分自身」であることを理解している明確な証拠とされました。

科学界の激論(論争)

この2019年の論文は、「魚が自己認識を持つ」という前例のない主張であり、即座に激しい懐疑論にさらされました。認知科学界は、この小さな魚を「自己認識クラブ」に迎え入れる準備ができていませんでした。

批判1:「寄生虫本能」説

最も強力的だった批判は、マークテストの創始者であるゴードン・ギャラップ本人などから寄せられました。彼らの主張は、「茶色のマークは、ホンソメワケベラの主食である寄生虫にそっくりだ」というものでした。したがって、魚が喉を擦ったのは、自己を認識したからではなく、単に「寄生虫(に見える刺激)」を鏡の中に見つけ、本能的なクリーニング行動が誘発されたに過ぎない、という反論でした。

批判2:「空間学習」説

魚は自己を認識したのではなく、「水槽のこの場所で鏡の中のあの印を見ると、喉を擦る(と何か良いことがある、あるいは違和感が消える)」という単純な場所と行動の条件付け(空間学習)を学んだだけではないか、という批判もありました。

批判3:「曖昧な行動」説

ギャラップは、喉を擦る行動自体が「曖昧だ」と指摘しました。それは、鏡像の「他者」に対して「お前の喉に寄生虫がついているぞ」と伝えるためのコミュニケーション的なジェスチャーである可能性も排除できない、としたのです。

2022年:完璧な反証(PLoS Biology 再研究)

これらの批判を受け、幸田教授らのチームは、全ての懐疑論を一つずつ実験的に粉砕するため、2022年に見事な対照実験をまとめた論文を発表しました。

批判1(寄生虫本能)への反証:

  • テストA: 魚に「寄生虫」には見えない生態学的に無関係な色(青色や緑色)のマークを付けました。
    • 結果: 魚は鏡を見てもマークを完全に無視しました。
  • テストB(決定的な対照実験): 透明な仕切り越しに、マークが付いた「別の仲間」を見せました。
    • 結果: 魚は「寄生虫(マーク)」を他個体の上にはっきりと視認しましたが、自分自身の喉は擦りませんでした。

この2つの結果は、「寄生虫本能説」を完全に否定しました。魚の行動は「寄生虫を見たら擦る」という単純な本能ではなく、「<自分自身>に付着した<生態学的に意味のある(寄生虫のような)マーク>」を鏡で認識した時にのみ発動する、極めて限定的で高度な行動であることを証明しました。

批判2(空間学習)への反証:

鏡に慣れて攻撃しなくなった魚に対し、鏡を水槽内の別の位置に移動させました。

  • 結果: もし魚が「場所」を学習していただけなら、新しい場所では再び鏡像を「未知の侵入者」とみなして攻撃するはずです。しかし、魚は一切攻撃を再開しませんでした。

これは、魚が「特定の場所」ではなく、「鏡像の姿」そのものを「自分」として認識していることを証明しました。

この2019年から2022年に至る一連の論争と反証は、科学的懐疑論がいかに科学を前進させるかを示す好例となりました。批判者たちが提示した「穴」は、研究者たちに「防弾仕様」の反証実験をデザインさせ、結果としてホンソメワケベラのMSRの証拠は、論争前よりも遥かに強固なものとなったのです。そしてこの堅固な土台の上に、2023年の写真認識という、さらなる金字塔が打ち立てられました。

第6章 「自己」の進化:新皮質を持たない脳

ホンソメワケベラの自己認識の発見がこれほどまでに衝撃的である理由は、それが動物の「知性」に関する我々の長年の思い込みを根底から覆すものだからです。

MSRの「エリートクラブ」

歴史的に、鏡像自己認識(MSR)は、極めて限られた「知性の高い」動物たちの独占的な能力と考えられてきました。この「エリートクラブ」のメンバーは以下の通りです。

  • 大型類人猿(チンパンジー、オランウータン、ボノボ)
  • バンドウイルカ
  • アジアゾウ
  • カササギ(鳥類)

これらの動物に共通するのは、大きく複雑な脳を持つことです。

打ち砕かれた「新皮質」仮説

数十年にわたり、MSRのような高度な自己意識は、ほ乳類の脳において高次の思考を司る「新皮質」がなければ不可能だと考えられてきました。

この仮説に最初の亀裂を入れたのが、カササギでした。鳥類は新皮質を持ちませんが、カササギはMSRテストに合格しました。これは、鳥類の脳の別の領域が、ほ乳類の新皮質と「同様の機能」を果たすように進化した可能性を示唆しました。

しかし、ホンソメワケベラの登場は、この仮説を完全に打ち砕きました。魚類の脳は、ほ乳類や鳥類とは構造的に全く異なり、一般的に「単純」と見なされてきました。その魚類が、MSRだけでなく、写真による自己顔認識という、より高度な認知課題さえクリアしたのです。

「収斂進化」という答え

この事実は、「自己認識」という能力が、特定の脳構造(新皮質など)から単一の系統(ほ乳類など)に進化したのではないことを示しています。

答えは「収斂進化(しゅうれんしんか)」です。収斂進化とは、系統が全く異なる生物が、似たような環境や進化的圧力(この場合は「複雑な社会生活」)に適応した結果、最終的に似たような形質や能力(この場合は「自己認識」)を独立して獲得する現象です。

「自己」という概念は、進化の系統樹の一か所で発明されたのではなく、霊長類、鳥類、そして魚類という全く異なる枝で、それぞれの社会的ニーズの高まりに応じて、何度も独立して「発見」された認知的な「解決策」だったのです。

この発見は、知性に関する二つの古いパラダイムを覆します。 第一に、幸田教授自身が述べているように、「研究対象が魚であることから、この発見は、ほぼすべての社会的な脊椎動物が、この高次の自己感覚を持っている可能性を示唆している」という点です。自己認識は、進化の「頂点」ではなく、複雑な社会性を営むための「基盤的な」認知ツールである可能性が出てきました。 第二に、「脳のサイズが知性の大きさに比例する」という固定観念の終わりです。手のひらサイズのホンソメワケベラは、ゴリラや他の多くの霊長類が不合格となる認知テストに合格しました。重要なのは、脳の物理的な「サイズ」ではなく、特定の課題を解決するための神経回路の「最適化」と、それを促す「進化的圧力」であることが鮮明になりました。

第7章 結論的分析:自己認識する魚が意味するもの

大阪公立大学のチームによる一連の研究は、科学的探求の優れた実践例であると同時に、動物の「こころ」に対する我々の理解を根本的に変革するものです。

科学的成果の総括

この研究成果は、3段階のプロセスを経て、その確実性を揺るぎないものにしました。

  1. 2019年: 「魚類もMSRテストに合格しうる」という、革命的だが論争の的となる発見を提示した。
  2. 2022年: 懐疑論者から寄せられた具体的な批判(寄生虫本能説、空間学習説)に対し、完璧な対照実験(カラーマーク、他個体マーク、鏡移動)によって反証し、MSRの合格が本物であることを証明した。
  3. 2023年: MSRのさらに上を行く「写真による自己顔認識」と「写真マークテスト」を成功させ、その認知メカニズムが単純な運動学習ではなく、ヒトと同様の「自己のメンタルイメージ」であることを突き止めた。

偏見(バイアス)という名の懐疑論

もちろん、科学界には依然として懐疑的な見方も存在します。例えば、「我々がまだ知らない未知のメカニズムで合格している可能性」や、「これは自己意識の全体像から見ればほんの小さな側面でしかない」といった指摘です。

しかし、これらの批判に対しては、著名な霊長類学者であるフランス・ドゥ・ヴァール氏が的確な指摘をしています。「もしチンパンジーがこれら全ての反応(ホンソメワケベラが見せた反応)を示したとしても、誰も懐疑的になったりはしないだろう」。

つまり、現在の懐疑論の多くは、データそのものに向けられたものではなく、対象が「魚である」という事実に基づいた「系統的偏見(phylogenetic bias)」に過ぎない可能性が高いのです。研究チーム自身も、ホンソメワケベラが言語を持たずとも「自己の概念」と「他者の概念」を持っていることは明らかだと反論しています。

倫理的・福祉的な責務:「魚を見る目」を変えるとき

この研究がもたらす最も重要な帰結は、科学的な知見に留まりません。それは、我々人類の倫理観と行動変容を迫るものです。

我々は、「魚の記憶は3秒」という神話のもと、彼らを「感覚のないモノ」のように扱ってきました。しかし今、科学は、彼らが「私的自己意識」を持つ可能性のある存在であることを示しています。

動物福祉の基準は、歴史的に動物の「身体的ニーズ」(健康、栄養)に焦点を当ててきました。しかし、自己認識能力を持つ動物は、当然ながら「認知的ニーズ」も持っています。

1. 家庭での飼育:

知的で自己認識能力のある生物にとって、狭く、何の刺激もない「金魚鉢」は、単に物理的に窮屈なだけでなく、深刻な「認知的苦痛」や退屈をもたらす虐待的な環境であると言えます。

2. 漁業と養殖:

魚類の知覚と認知能力は、他の脊椎動物に匹敵するか、それを上回ることが示されています。また、魚類が我々と同様の方法で痛みを感じることを示唆する証拠も強力です。水産養殖や商業漁業は、膨大な数の「自己認識する可能性のある個体」に多大な苦痛を与えている可能性があり、その倫理的正当性が根本から問われることになります。

結論として、我々は「魚類にも他のすべての脊椎動物と同レベルの保護を与える」ことを真剣に検討すべき段階に来ています。

幸田教授らの研究は、動物認知学における「画期的な出来事」であると同時に、我々自身の「人間中心主義」を映し出す鏡でもあります。この研究は、我々がこれまで「脊椎動物のパンテオンの下層メンバー」と見なしてきた無数の生物たちの「こころ」が、我々が想像するよりも遥かに豊かであることを示しました。水の中の「私」の発見は、我々自身が彼らにどう向き合うべきか、その姿勢を厳しく問い直しているのです。

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