マンボウって、実は3種類いた!最新科学が解き明かす分類の謎

多くの人が「マンボウ」と聞いて思い浮かべるのは、のんびり海を漂う円盤状の魚かもしれません。しかし、近年のDNA研究によって、私たちが「マンボウ」と呼んできた魚には、実は3つの異なる種類が存在することが明らかになりました。これは、科学者たちによる長年の探偵物語の末にたどり着いた、驚くべき結論でした。

マンボウ属の3兄弟

  • マンボウ (*Mola mola*): 最も有名で、世界中の温帯・熱帯の海に生息しています。いわゆる「元祖」マンボウです。
  • ウシマンボウ (*Mola alexandrini*): 成長すると頭やアゴがボコッと出っ張るのが特徴。「世界最重量の硬骨魚」としてギネス記録を持つのは、実はこのウシマンボウです(最大で2.7トン以上!)。
  • カクレマンボウ (*Mola tecta*): 2017年に発見されたばかりの新種。その名の通り、長年科学者の目から「隠れて」いた種類で、主に南半球に生息すると考えられていましたが、最近ではカリフォルニア沖など北半球でも見つかっています。

見分けるのはプロでも難しい?3種の違い

この3種類、特に若い個体を見分けるのは専門家でも一苦労。成長すると現れる特徴で区別します。

特徴 マンボウ ウシマンボウ カクレマンボウ
体の後ろのヒレ(舵鰭) 大人になると波打つ 丸いまま 丸いが、一部に切れ込みがある
頭の形 なめらか 成長するとコブのように出っ張る なめらか
アゴの形 なめらか 成長すると出っ張る なめらか

成魚のマンボウ属3種の見分け方。舵鰭(かじびれ)の形が重要なポイント。

怠け者じゃない!マンボウはアクティブな深海ダイバーだった

マンボウは、海流に身を任せて漂っているだけの「怠け者」というイメージを持たれがちでした。しかし、最新の調査機器(バイオロギング)を使った研究で、そのイメージは180度覆されます。実は彼ら、驚くほど活動的な「深海ダイバー」だったのです。

独特すぎる体のつくり

マンボウの体は、進化の過程で非常にユニークな形になりました。

  • 骨格はほぼ軟骨: 体を軽くするためか、骨の多くが軟骨でできています。
  • 尾ビレがない: 本来あるはずの尾ビレが進化の過程でなくなり、代わりに背ビレと尻ビレの一部が変化した「舵鰭(かじびれ)」という舵取り用のヒレを持っています。
  • 歯はくちばし状: 歯は一体化して、オウムのようなくちばしになっています。
  • 浮袋なしで浮力を得る: 分厚い皮下脂肪(ゼラチン層)のおかげで、浮袋がなくても水中で浮力を保つことができます。

驚異の潜水能力と「日光浴」の本当の理由

マンボウは、エサを求めて水深800メートル以上も潜ることがあります。これは、東京タワー2つ分以上の深さです!冷たい深海でクラゲなどのエサを食べた後、冷え切った体を温めるために海面まで浮上し、横になってプカプカと浮かびます。これが、私たちが「日光浴」と呼んでいる行動の正体です。これは単なる休憩ではなく、深海で活動するための重要な体温調節戦略なのです。

驚異の成長スピードと繁殖力!
マンボウの成長速度は驚異的。ある水族館では、たった14ヶ月で364kgも体重が増えた記録があります。また、メスの卵巣からは約3億個もの卵が見つかったこともあり、脊椎動物の中ではトップクラスの繁殖力を誇ります。

水族館の人気者!でも飼育は超ハードモード

ユニークな姿で水族館の人気者であるマンボウ。しかし、その飼育は飼育員さん泣かせの「超ハードモード」として知られています。

飼育が難しい3つの理由

  1. デリケートすぎる皮膚: 皮膚が非常に弱く、少し擦れただけですぐに傷ついてしまいます。
  2. 壁への衝突: 泳ぎがあまり得意ではないため、水槽の壁によくぶつかってしまいます。
  3. ストレスに弱い: 環境の変化に敏感で、ストレスから体調を崩しやすい繊細な性格です。

飼育員の涙ぐましい努力と工夫

この難題を克服するため、日本の水族館を中心に様々な工夫が凝らされてきました。

  • 衝突防止シート: 水槽の壁にビニール製のカーテンを張り、衝突の衝撃を和らげます。
  • 特製のエサ: 野生ではクラゲなどを食べますが、栄養価が低いため、水族館ではエビやイカ、魚のすり身にビタミン剤を混ぜてゼラチンで固めた「特製ハンバーグ」を与えています。
  • 手厚い医療ケア: 体についた寄生虫はピンセットで手作業で取り除いたり、淡水に入れて駆除したりします。採血の際は、超音波(エコー)で血管を探すという高度な技術も使われます。

こうした努力の甲斐あって、日本の水族館では長期飼育の記録が次々と更新されています。しかし、未だに飼育下での繁殖には成功しておらず、水族館のマンボウは今も野生から採集された個体に頼っているのが現状です。

食べるの?守るの?マンボウと人間の複雑な関係

マンボウと人間の関わりは、実に多様です。ある場所では神聖な生き物とされ、ある場所では珍味として食卓に並び、またある場所では観光の目玉となっています。

意外な食文化と疫病除けのお守り

日本では、三重県や千葉県、宮城県などの一部地域でマンボウを食べる文化があります。専門の漁はなく、定置網に偶然かかったものが市場に出回ります。淡白な身は鶏肉のささみのようで、コリコリした腸は特に珍重される部位です。

また、江戸時代の和歌山では、マンボウを描いた版画がコレラ除けのお守りとされていました。そのユニークで巨大な姿に、人々は特別な力を感じていたのかもしれません。

混獲問題とエコツーリズム

マンボウが直面している最大の脅威は、マグロやカジキなどを狙った漁業の網に誤ってかかってしまう「混獲」です。世界中の海で膨大な数のマンボウが混獲されており、その多くは海に返されますが、その後に生き延びているかはよく分かっていません。

一方で、インドネシアのバリ島などでは、マンボウがダイビング観光の主役となっています。生きたマンボウが地域に大きな経済効果をもたらすようになり、「捕る魚」から「見せる魚」へと価値観が変化しつつあります。これは、マンボウを守るための大きな希望と言えるでしょう。

マンボウの未来のために私たちができること

現在、マンボウ(*Mola mola*)はIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで「危急種(Vulnerable)」に分類されており、絶滅が心配される状況にあります。

未来への課題

  • 混獲問題の解決: 漁業でマンボウが網にかからないような技術開発が急務です。
  • プラスチックごみ問題: マンボウがエサのクラゲと間違えてビニール袋を食べてしまうことがあります。海洋ごみを減らすことも、彼らを守ることに繋がります。
  • 生態の解明: どこで産卵しているのか、赤ちゃんはどこで育つのかなど、まだ多くの謎が残されています。研究を進めることが、効果的な保護策に繋がります。

マンボウは、ただ奇妙な姿をした魚ではありません。彼らは巧みな戦略で深海を旅するダイバーであり、海洋生態系の重要な一員です。この不思議で魅力的な海の巨人が、これからも地球の海を泳ぎ続けられるように、私たち一人ひとりが関心を持つことが大切です。